モットーは『信じて行えば本当に必要な事であれば一切が成就』とはいうものの、のほほんと生きて来た半生。東京で生まれ東京で育ち、何不自由せず大学まで進み、
自分の将来をぼんやりとしか考えてなかった卒業間近、ふとした知り合いから、ys/parkのアシスタントの誘いが来て、渋谷のお店のオープニングスタッフに参加。

<美容師としてのスタート>
そこは有名高級サロンで日々修行の毎日。渋谷、六本木とサロンワークをこなし、ヘアーメークの先輩のアシスタントをし、東京コレクションやファッションショーなど、
いろいろな舞台の経験をする事で日常の世界と非日常の世界を体験。同時にサロンワークだけではなく、写真&ヘアーメークを出来るように勉強したり、色々な経験をさせて頂いた。
このサロンは場所柄、海外の大使館職員のお客さんが3割以上を占め、日本にいながら国際体験し、自然と海外で働きたくなる環境だった。
しかし、自分は日常のサロンワークが主だと心に決め、更なる修行をする為に海外に留学したいと考えた。

<ロンドンへ留学>
ここで出会った技術は後々自分の技の原点になる。恐るべし西洋人と思ってた時、友達の日本人女性がロンドンに来て一緒に勉強をするという。
その人のカットを見た時、繊細で言葉で表せないすばらしいフォルムを作り、「何なんだ、これは・・・日本人の技術の方が、こんなにすごいのか!」と気づく。
それからは、自分を信じて仕事をする事に目覚め、これが本物の美容師だと確信を持ち、新たな初めの一歩を踏み出す意味を込めて、恵比寿に自分のサロンを作る。

<独り立ち>
ここからは自分との戦いで、元有名サロン美容師という看板を一切背負うことなく、一人の美容師としてどこまで通用するか…。
「苦労苦労…そして楽」、「また苦労苦労…」の連続。自分を信じてガツガツ仕事をして十数年 恵比寿に続いて代官山にもう一店舗をオープン。
しかし、丁度その頃、オーストラリアにお店を出す計画をしていて、恵比寿店を手放し、日本の店を代官山一本に絞り2008年パースに美容室オープン。

<海外への挑戦>
自らオーストラリアへ渡り、世界中のお客様を担当し手応えを感じた。2店舗目の開設準備中、親の病気、そして死。
日本へやむなく帰国。気がついたら美容歴数十年、俺は何を残して来たのだろう?誰に必要とされてるんだろう?一年半喪に服し、Brisbane に。
皆様の大切な髪を綺麗にする事が自分の天命だと信じています。美容技術をしている時が一番楽しい時間です、美容バカで数少ない少数派の美容師です。
いつまでも 一人でも自分を必要としてくれる人がいる限り美容師を続けます。お店は自分のアトリエです。
心地よい環境で思いのままに髪を作り上げることが出来ます。どうぞ、ゆっくりしに来て下さい。