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一人美容室の先輩

美容師を見て育った

 

幼い頃から家には美容室があった。

そう、母親は美容師でした。物心ついた頃は、生活の一部に美容室の匂いがしていたことを覚えています。

朝も、昼も、夜も、ほぼ毎日美容室で(家の一部がエンゼル美容室でした)働いてる母親が日常の当たり前の光景でした。

自分も今、結構美容師をしていますが、これも当たり前の生活の一部で好きなんでしょうね。

働きすぎとか、休まないね、とか、休みとった方が良いって言われますが、好きなことやってるのでやめられません。

人はこれをワーカホリックといいますが、楽しんでます。

昔は嫌いな仕事も勉強だと、引き受けていましたが、今は嫌なことはやりません。

お断りした方にはどうもすいません^^;

 

夢を諦めずに

 

今思うと朝から晩まで仕事をしていた母の仕事もアトリエで作品を作ってる、アーティストだったんですね。

母は15歳から美容師をして、東京上野で(当時はアップとか、ピンカールとか)専門店で修行したようです。

そういえば私の髪も3歳の時の写真を見るとくるくるパーマでした。

母はフランスへ行って美容師をすることが夢だったようです。結局私たちの母親を選んで(結婚して)夢は諦めたって言っていました。

自分が大学卒業の頃、ある時、ひょんな事で東京代官山でいきなり美容師をすることになって、気がついたら母と同じ道を歩み始め、自分が独立したときには、お店のスタッフとして、母親が働いてくれました、(無給で手伝ってくれました)。

華やかな代官山で当時母親は60歳ぐらだっと思いますが、毎日八王子から、通ってきてくれました。(感謝しかありません)

それから3年後にヘアーメークをしたいと、学校に通い、64歳の時にウェディングのヘアーメークアーティストでデビューしました。

代官山のウェイング会社に所属して、毎週、結婚式の仕事をするようになっていました。

その頃は、オートバイも乗ってみたいと免許を取ってホンダモンキーを買ってみたり、芸能事務所に入ってみたいと、エキストラやってみたり、そこの紹介でテレビ局のヘアメークの仕事をしたり、今思うと年齢は関係ない、やりたい時(やれる時)がたまたまその歳だったんですね。

記憶がなくなるまでぎりぎりまでアーティストでした。

母は66歳になった時にアルツハイマーになって、人の名前を覚えれなくなり、これでは仕事に迷惑をかけると、きっぱり仕事やめました。

母はいつも死ぬまで現役だと言っていましたが、やり残したことを、自分が引き継ぎ、パリではないけど、ブリスベンの美容工房でしっかり受け継いでやらせていただいています。

 

一人美容室は落ち着く空間

 

美容師をやるということは生活をするための仕事でもあり、自分にとっては、一つのことに夢中になれるある意味、瞑想の場でもあります。だから空気感が良いところ選びます。

静かに目をつぶって心を落ち着け心を無にするだけが瞑想ではなく、夢中になって工房で集中して好きなことをしているこの時もしっかり瞑想中です。(時々話の中に、空想みたいなこと言ってるときは、遠くへ行ってるときなので呼び戻してください笑。)

今までお店を選ぶ条件は、入ったときの空気感を大事にします。空気が通らないところはだめ。

少し高台。 今まで働いところも代官山、六本木、恵比寿、すべて高台、、ここブリスベンの店もちょっと高台、空気が通る工房は落ち着く空間なので、良い仕事ができます。

楽しい仕事を選択させてくれて母には感謝、ずっと続けていけることに、皆様に感謝いたします。

写真のご老人、現役で仕事していたら母はこんな感じのアーティストになっていたでしょう!!

自分の思い描いた夢を我慢してずっと私達を育てくれたおかげで、私は自分の描いた夢を実現しました。

もし(もしはないのですが)母親が自分の夢を負い続けていたら、今の私は存在していない。

今の私が夢を実現できたのも、自分だけで、できた訳ではない、てこと、現実は自分で作っていくけど、その周りで色々なことが起こっているから今があるんです。

これくらいの夢実現は誰でもできるのです。やるかやらないかしかないのです。

海外へ行きたい、チケット買えばいけます。

仕事がしてみたい、いつでも連絡してください。条件が合えば仕事できます。

VISAがない。年だから。。。学生ビザを取れば学校で英語勉強しながら、仕事もできます。

何がしたい、やろうと思うことは行動さえすれば誰でも出来ます。

その先の事を考えると、ちょっと動けない、て、なります。

それが正解です。先のことを考えて動いたら、動けない=動かないほうが良い=今はうごかない。。

動き出すときは動けるんです。

奇跡の連続は実はちゃんとつながっていて、毎日を楽しく過ごす事が未来も楽しくなるんですね。

前回のお話

オーストラリアに移住するなんて